








福岡城むかし探訪館
福岡城むかし探訪館は、福岡城の歴史と黒田家ゆかりの品々を紹介する展示施設です。福岡藩初代藩主黒田長政は、手狭になった名島城に代えて警固村福崎の地(現・舞鶴公園)を選び、慶長6年(1601)から約7年をかけて福岡城を築城し、本城を守るため「筑前六端城」と呼ばれる支城群も整備しました。館内には黒田長政所用と伝わる兜や、織田信長・北条氏にゆかりのある名刀など黒田家の名宝に関する展示のほか、太鼓櫓・松ノ木坂御門・武具櫓など、移築や戦災によって失われた城内の櫓・門の歴史を伝える展示があります。


(伝)潮見櫓
(伝)潮見櫓は、福岡城にあった約50棟の櫓のうちの一つで、昭和27年(1952)3月29日に県指定文化財に指定されています。大正初期に浜の町の黒田別邸へ移築され、昭和31年(1956)に現在の場所へ再び移築されました。本来の潮見櫓は三の丸北西角にあったとされ、平成3年の調査の結果、この建物は潮見櫓ではなく城内の別の櫓であった可能性が高いと考えられています。


下之橋御門
下之橋御門は福岡城の西側にあり、東側の上之橋御門とともに城内に入るための門として使用されていました。
2000年(平成12年)8月に不審火で半焼しましたが、2008年(平成20年)11月に復元されています。焼失前は一層の姿でしたが、現在の二層の姿が本来のものと考えられています。
参考 : 下之橋御門

潮見櫓
潮見櫓は、福岡城三ノ丸北西隅の土塁上に築かれた二階建ての櫓で、目前に博多湾を望めたことから「潮見」の名がついたと考えられています。廃城後の明治41年(1908)には花見櫓とともに黒田家の菩提寺・崇福寺(福岡市博多区)に移築されて仏殿として使われましたが、平成20年(2008)に福岡市が建物を買い上げて調査を行った結果、木造二階建てで東・南に付櫓を持つ構造であったことが明らかになりました。復元にあたっては残された古材を丹念に調べて江戸時代の工法や工匠をできる限り用い、柱や梁、屋根瓦にも古材を再利用しつつ、基礎には鉄筋コンクリートと鋼材を用いて建物と石垣の安全を確保し、令和7年(2025)3月に復元工事が完成しました。


三ノ丸広場
三ノ丸広場は、大濠公園に近い舞鶴公園内の広い芝生広場です。休日にはたくさんの親子連れなどでにぎわい、毎月第3土曜日には「みどりのまちマルシェ」も行われています。福岡市の実証実験として「インクルーシブな遊具」が設置されているのも、こちらの広場です。
参考 : 施設・公園の特色 | 公園について | 舞鶴公園

南丸多聞櫓
南丸多聞櫓は、南丸(二の丸南郭)にある国指定重要文化財の櫓で、江戸時代から現在位置を保っている唯一の櫓です。二層の隅櫓とそれに連なる63mの長さをもつ平櫓からなり、高く積み上げられた石垣を土台に築かれ、「石落」や「鉄砲狭間」が備えられていることから、いざというときの防御のための櫓と考えられています。
現在の多聞櫓は建て替えを行いながら伝えられており、平櫓は1853年(嘉永6年)から翌年にかけて建て替えられたもので、内部は16の小部屋に分かれています。
内部は通常非公開ですが、イベント時等に一般公開されるほか、桜の季節にはライトアップされ幻想的な空間をつくり出しています。
参考 : 多聞櫓 - 【公式】福岡城・鴻臚館