








日蓮上人像
日蓮上人像は、洗足池の近くにある静かな場所に立っています。周囲の落ち着いた雰囲気の中で、凛としたたたずまいの像がひっそりと佇んでいます。


勝海舟記念館



大田区立勝海舟記念館は、国登録有形文化財である旧清明文庫を活用し、令和元年9月7日(土曜日)に開館しました。海舟の功績や大田区との縁を紹介するとともに、海舟の想いと地域の歴史を伝える記念館です。
参考 : 大田区ホームページ:大田区立勝海舟記念館

南洲西郷先生留魂祠
西郷南洲留魂詩碑は、明治12年(1879年)に勝海舟が故・西郷隆盛のために私費で建立した石碑で、現在は東京都葛飾区の木下川浄光寺境内にあります。
西南戦争で自刃した西郷を深く悼んだ海舟は、朝敵のまま没した亡友の名誉を守るべく活動を続けました。その一環として、西郷が沖永良部島の獄中で詠んだ漢詩を仙台石に刻み、石碑を建立しています。裏面には海舟自身の述懐が刻まれ、西郷への深い友情と敬慕の念が綴られています。
明治22年(1889年)に西郷の名誉が回復されると、海舟はこの碑の役割も終えたと考えたといいます。その後、大正2年(1913年)の荒川放水路開削工事に伴い、現在の場所へ移設されました。


勝海舟夫妻の墓
勝海舟夫妻の墓は、洗足池畔にある区指定文化財です。
慶応4年(1868年)、海舟は江戸開城談判のため池上本門寺へ向かう道中、洗足池畔で刺客に襲われましたが、地元民の助けで難を逃れました。この縁から、明治23年(1890年)に洗足池を再訪し、別荘「洗足軒」を造営。以来この地を愛し、死後の埋葬も望んでいたといいます。
明治32年(1899年)1月19日に没した海舟は、生前の遺志に沿って現在地に埋葬されました。墓石は同年11月に完成した簡素な五輪塔で、水輪部分に刻まれた「海舟」の二字は、かつて海舟の後見を受けた徳川家達公爵の揮毫によるものと判明しています。
妻・たみの墓は戦後に青山墓地から移され、夫妻が並んで眠る現在の姿となりました。墓所の傍らには、海舟の知己らが寄附を募って設置した水盤が現存しており、赤松則良、榎本武揚、木村芥舟、津田仙ら56名の名前が刻まれています。
参考 : 大田区ホームページ:勝海舟夫妻の墓

池月橋
池月橋は、洗足池公園内の池に架かる橋です。池の上をゆっくりと渡りながら、水面や周囲の景色を間近に感じることができます。公園散策の途中でひと息つきながら渡るのにぴったりの場所です。


桜坂



住宅街の中を北東から南西へと緩やかに下る坂道の両脇に、約20本の桜の木が植えられています。道沿いにはツツジやケヤキなどが茂る緑地帯が続き、坂の途中には切り通しを跨ぐ赤色の歩行者用橋梁が架けられています。最寄りは東急多摩川線・沼部駅で徒歩約5分、東急池上線・御嶽山駅からも近く、こちらからは坂を上らずにアクセスできます。
参考 : 桜坂 (大田区) - Wikipedia

和鉃
和鉃は蒲田駅近くにある老舗のラーメン・つけ麺店です。つけそばは醤油ベースのさっぱりとしたつけダレで食べやすく、中華そばは豚骨節系の優しいスープに歯ごたえのある麺、柔らかいチャーシューが合わさって、ほっとする味わいが楽しめます。